コンクリートの壇の上で、予約送出時刻の灰色の枠がまだ光っている。ジョアンは画面から目を離し、血のにじむ手を膝へ戻す。ヘナが毛布を寄せるが、グラディスだけは休まない。
「次。端末を開くわ」
外来受付端末は、古いノートパソコンの横に置かれる。黄ばんだ筐体の底がコンクリートをこすり、郡病院のロゴが黒い画面に一瞬浮かぶ。グラディスは電源と通信ケーブルをつなぎ、退職した受付職員の番号を打つ。期限切れのはずの権限は、まだ閉じられていない。
「七分以内」
ドギョムが言う。
「受付の人間は、時計を見るのが仕事だったから」
画面が切り替わる。外来受付、死亡診断書発行履歴、署名欄画像。グラディスは時系列表示へ絞り、トミーが連れていかれた月と、ミゲルの母の番号が開かれた月を呼び出す。通信の棒は一本だけ立ち、すぐ二本へ戻る。地下室の全員が、その細い増減まで見ている。
グラディスは赤いペンを取る。同じ医師名が並ぶ行へ、ためらわず線を引く。一か月に三十回。同じ筆圧、同じ傾き、同じ丸い癖。署名欄画像を開くたび、医師の名前だけが別の患者の死に貼りつけられている。
「人間の手じゃ、こうはならない。テンプレートを呼び出して、上から合わせてる」
次の画像は似ているが、黒ではない。わずかに青い。最後の跳ねが足りず、電子署名をなぞった者が途中で手を引いたように震えている。
「これは偽造。こっちは写し。違う手よ」
赤い線が二種類の署名を結ぶ。テンプレートの列と、インクの色が違う列。その間に、保健局文書処理室の端末番号が挟まっている。ジョアンの目が細くなる。フィントンの名前を書いた紙片が、壇の端で丸まっている。
「トミーの発行日」
ディナが自分で言う。グラディスは外来記録を開き、郡病院の入院欄を横に並べる。同じ日付。同じ午後。トミー・グレンジャーは郡病院の三階で点滴を受け、看護師の投薬記録に名前が残っている。その夜、彼の死亡診断書だけが、郡リハビリセンターの発行番号へ入っている。
ディナの唇が白くなる。
「じゃあ、あの人は……死んだことにされた日に、まだ病院にいた」
「紙の上では、病院のベッドから死体置き場へ飛ばされた」
グラディスは赤い線を引き足す。怒りの線ではない。受付台で毎日、名前と時刻を確認していた人間の、間違いを許さない線だ。
次の七行はさらに短い。死亡診断書発行時刻。午前二時四分。午前二時四分。午前二時四分。七つの行が同じ時刻で固まっている。死因欄も住所も違う。医師署名も二種類混じる。だが時刻だけは同じだ。
アルマの息が止まる。
「私のブレスレット……」
「離脱警報が上がった時刻」
ドギョムが短く言う。午前二時四分。アルマの保安ブレスレットが充電台から外れ、リハビリセンター全体へ警報が走った時刻。誰かはその混乱に合わせ、七人分の死亡欄をまとめて開いた。
ミゲルは弁当箱を抱えたまま、画面を見ないようにしている。だが見ないことはできない。グラディスが番号検索へ移ると、彼の肩が小さく上がる。母の写真裏の五桁。アルマが名簿で空欄のまま残した数字。
行は出る。名前の欄はある。識別番号もある。最終処理欄は空白。発行履歴の仮登録だけが開かれ、死因も医師署名も、確定印もない。
ディナが死亡名簿を覗き込み、その行を確かめるように言った。
「ミゲルのお母さんも……死亡欄にも生存欄にも入っていない。空欄のまま残っているわ」
ミゲルはやっと顔を上げる。
「どっちにも、ないんですね」
「ない」
グラディスは赤ではなく、別の色のペンを取る。その空白行の横に、小さな丸を描く。消すための丸ではない。ここに穴があると、見る者の目をそこへ落とすための印だ。
「この丸も映す」
ドギョムが言う。
グラディスが顔を上げる。
「会計の次?」
「二つ目だ。最初に金の流れを見せる。次に、金が何を買ったかを見せる」
コンベンションホールの画面には、すでに会計表を出す段取りがある。町長財団、判事、銀行、ラウク、マローン。だが数字だけでは、町はまだ言い訳を作る。赤い死亡欄の束、午前二時四分の七行、トミーの入院日と重なる発行日、そしてミゲルの母の空白。そこまで並べれば、言い訳は人の名前で切られる。
ジョアンが掠れた声で言う。
「短く。長いと、切られる」
「二十秒」
ドギョムは赤い線の束を見ている。
「画面を戻される前に、家族が自分の紙を見る」
グラディスはうなずき、赤線の一覧を画像化する。ディナがトミーの行を指で押さえ、アルマが母の空白行の番号をもう一度写す。ヘナは換気口へ耳を向け、雨とエンジン音の区別を聞く。全員が別の方向を見ながら、同じ一点へ集まっている。
その時、端末画面の片隅に白い小窓が出る。
システム点検のため自動終了します。
残り七分。
グラディスは舌打ちもせず、ダウンロード先を指定する。署名欄画像、発行履歴、外来記録照合、死亡名簿の空白行。古い端末の処理は遅い。進行バーは、錆びた扉が開くように少しずつ動く。
「急げとは言わないで」
「言わない」
ドギョムは受信機を引き寄せる。保安官事務所の周波数はまだ領収書の話をしている。缶詰、電池、包帯。ラウクの手は教会へ近づいている。だが今ここで切れば、赤い線の束は二度と同じ形で取れない。
残り五分。画像四つ。残り三分。署名欄一括。残り一分三十秒。最後の死亡名簿。グラディスの額に汗が浮く。昔の職員権限で、町の喉へ手を入れている汗だ。
「入った」
保存完了の表示が出る。グラディスがケーブルへ手を伸ばす、その直前だった。
画面下の管理者アクセス履歴が、一行だけ増える。
ADMIN-MAINT-09 ログイン中。
誰の端末でもない。グラディスの古い受付権限ではない。保健局文書処理室の番号でもない。いま、同じ発行履歴の底へ、別の誰かが入ってきている。
ドギョムは端末の電源ボタンではなく、ケーブルをつかむ。
その一行の右端で、状態表示が変わる。
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法が遅すぎる町で、今日倒すべき悪党を倒す男
84話 フィントンを待つ路地
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