「旧い鉱山図面が要る」
ドギョムがそう言ったあと、ボウリング場の暗闇はしばらく動かなかった。雨が屋根を叩き、青白いJR32のヒントだけがカウンターの縁を照らしている。ヘナは死亡診断書の束を防水袋へ戻さず、空白の行を見ていた。
「市庁舎にはないんですか」
「置かない」
ドギョムはノートパソコンを半分閉じる。ジョアンが残した言葉は鍵ではない。鍵穴の位置だ。古い図面がなければ、JR32の先を開けても、埋もれた場所の座標は読めない。
数時間後、カウンターには町で手に入る紙がすべて積まれていた。ガソリンスタンドの観光案内図、郡商工会のパンフレット、カジノシャトルの経路表、農地売買広告の簡略地図、ヘナが客の会話から抜き書きした配達区域のメモ。ミゲルは学校の図書室から借りた郡史のコピーを持ち込み、濡れた髪を袖で拭きながら端を押さえている。
ルーファスは裏の非常口から最後に入ってきた。油と雨の匂いをまとい、帽子をかぶったまま、レーンの奥、貸し靴棚、機械室の影を順に読む。
「ここも長くは保たんぞ」
「知ってる」
ドギョムは観光案内図を広げる。古い銅山は、町の名物だった頃だけ都合よく描かれている。地表坑口は二か所だけ。北坑口と西坑口。換気塔も、閉鎖分岐も、埋め戻された採掘場もない。
「観光客に見せる穴だけですね」
ヘナが低く言う。ドギョムは郡史のコピーを上に重ねる。縮尺は合わない。彼はレジ横の透明な伝票入れを裂き、即席の透かし紙に線を写した。北坑口。西坑口。古い鉄道引き込み線。廃材置き場。リハビリセンター裏口。換気塔の現在位置。
線を重ねるたび、ずれが出る。郡道八十一号線は後から引かれ、カジノシャトルの道はさらに新しい。だが尾根は動かない。谷も動かない。古い等高線だけが、現在の道路の嘘を剥がしていく。
ミゲルがノートパソコンを横から差し出す。画面には衛星写真が出ていた。市街地は読める。だが銅山の一帯に入ると、画像が急に粗くなり、灰色の泥のように潰れている。
「ここだけです。拡大しても、こうなります」
「いつからだ」
「去年の更新分から。下に注記があります」
郡の要請により、廃鉱安全管理区域の高解像度表示を制限。そんな意味の英文が、小さく冷たく置かれている。
ルーファスが鼻で笑う。笑いには温度がない。
「危ねえ穴なら、穴をふさぐ。見えなくするのは、見られたくねえ穴だ」
ドギョムは二つの坑口に印を置く。どちらもジョアンのメモと合わない。換気塔から近すぎるか、尾根をひとつ越えすぎる。必要なのは地表の入口ではない。閉鎖前の作業図面だ。採掘場の番号、換気枝道、排水坑、封鎖された分岐。そのどれかが、ジョアンの二つ目へ続いている。
沈黙が落ちる。
ミゲルは右手の添え木を親指で押さえ、ヘナは防水袋の口を閉じないままカウンターを見ている。ルーファスだけが、帽子のつばを少し下げた。
「俺の弟は、鉱夫だった」
誰もすぐには返さない。
「銅が終わる前だ。最後のほうは、坑内の補修と閉鎖作業ばかりだった。センターへ送られる前、家に図面を何束か置いてた。自分で写したもんじゃない。現場で使う、折り目だらけの作業図面だ。分岐、支柱、換気の流れ、崩落危険箇所。あいつはそういう紙を捨てられなかった」
ヘナが顔を上げる。
「今もありますか」
ルーファスの目が細くなる。
「葬式のあと、遺品箱に入ってた。俺は見た。だが一月もしないうちに、郡の連中が来た。廃鉱の安全点検だと言ってな。昔の坑道資料を民家に置いておくと危険だ、郡が一時回収する。そんな紙を読まされた」
「回収書類は」
ドギョムの声は低い。
ルーファスは胸ポケットから折れた伝票入れを出す。黄ばんだ控えが一枚、油で端が半透明になって残っている。
「捨てなかった。弟の物を持っていった証拠だからな」
ドギョムは控えを見る。郡廃鉱安全点検資料回収。対象、鉱山作業図面一式。受領者欄は読みにくい。だが下に赤い印が押されていた。
郡資料室一時保管。
ヘナが息を呑む。グラディスのメモと同じ言葉だった。
「資料室は市庁舎本館か」
「昔はな」
ルーファスは首を振る。
「本館の地下はカビでやられて、二年前に移した。表向きは書庫整理。場所は旧車両登録事務所の一角だ。俺の解体屋の隣にある、薄茶の平屋。看板だけ外して、窓を板で塞いだ建物だ。市庁舎の資料室って名は残ってるが、実物はあそこにある」
ミゲルがカセットの袋を開く。指の添え木のせいで動きは遅いが、目は迷っていない。
「夜の巡回、録れてます」
小型プレーヤーがひどいノイズを吐き、保安官代理の声が時刻を読み上げる。市庁舎外周、異常なし。郡倉庫、異常なし。旧車両登録、北壁確認、異常なし。
次の時刻も同じだった。
旧車両登録、北壁確認、異常なし。
さらに一時間後も、北壁だけ。ミゲルは鉛筆で紙に時刻を書いていく。
「一時間に一度です。建物を一周してません。北側の外壁だけ、ライトでなぞって通ります。解体屋のフェンス側と、南の搬入口は見てない」
ヘナが眉を寄せる。
「なぜ北だけ見るんですか」
ドギョムは地図上の旧車両登録事務所を押さえる。北壁は通りに面し、パトカーから見やすい。南は解体屋との隙間で、錆びた車体とフェンスの影が重なる。
「見せるための巡回だ。守っている形を作る。中を守るなら一周する」
ルーファスが低く言う。
「南側の換気口は、子供なら入れる。大人でも肩を削れば通るかもしれん」
「削る」
ドギョムは短く返す。
ミゲルが時計の横に線を引く。巡回が北壁を過ぎて、次に戻るまで五十六分。その間にカジノシャトルが一度だけ交差点を曲がる。解体屋の裏庭を横切れば、南壁まで七分。資料室の中にいられる時間は多くない。
「隙は狭いです」
「ある」
ドギョムはカセットの停止ボタンを押す。
そのとき、カウンター下の古いラジオが地元局へ戻った。町長プライスの柔らかい声が、雨音の下から浮かんでくる。
「来月、州知事ご一行をブラスヒルへ正式にお迎えします。私たちの町は、リハビリと回復のモデルとして、全国へ希望を示すことになるでしょう」
きれいな拍手の録音が続く。リハビリで立ち上がる町。外からの暴力に屈しない町。言葉だけが磨かれ、数字の列も空白の死亡欄も、古い坑道の奥へ押し込まれていく。
ドギョムは観光案内図の二つの坑口に指を置き、そこから外れた換気塔へ、さらに旧車両登録事務所へ線を引く。プライスの声が「全国」と言った瞬間、彼の指は地図の空白を強く押し潰した。
次に開くべき扉は、鉱山ではない。
郡が回収した図面を隠した、解体屋の隣の薄茶の平屋だった。そこへ入れなければ、ジョアンが残した二つ目の写しも、空白の者たちの行き先も、永遠にプライスの拍手の下で埋められる。ドギョムはラジオの拍手を聞きながら、旧車両登録事務所の南壁に、鉛筆で小さな黒い印を打った。
法が遅すぎる町で、今日倒すべき悪党を倒す男
49話 削られ始めた十分間の夜
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